人生を振り返る自伝 トッシー物語 第二部 第一章

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トッシー物語 第二部 社会人編

トッシー物語の第二部 第一章が始まります。

第一部は見て頂けましたか。

まだの方でご興味がありましたら

こちらからお読んで頂けると
嬉しいです。

トッシー物語 第一部 第一章 はこちら

それでは、宜しくお願いします。

第一章 バイク屋時代

■第1話 トッシー 社会人になる

整備士

阪神タイガース」が21年ぶりに
優勝し、ロッテの「落合博満」が三冠王になり

中森明菜」が
第27回日本レコード大賞を受賞し

電電公社かNTTへ民営化した

1985年 昭和60年4月
トッシーは社会人になった

オートバイのサービス技術を学ぶ為
某オートバイメーカーに嘱託社員として
就職した。

つまり、家業のバイク屋になるための
修行であります。

社会人としての第一歩です。

最初の1ヶ月は、メーカーの本社
での工場実習からのスタートです。

初めて実家を離れての寮生活です。
楽しかったような、苦しかったような1ヶ月でした。
いい経験です。

その後、大阪に戻り約2年の研修期間となりました。

この2年の間に、大型二輪免許取得と
整備士の受験資格の実務経験を行いました。

バイク整備の技術を身に付けながら、
ツーリングにレース活動など
いろんな経験をして、バイクライフを
楽しみました。

新社会人としても、先輩方に色々と教えて頂き
いろんな経験をさせてもらいました。

この経験が、今でも僕の社会人としての
基礎と言えるでしょう。

■第2話 トッシー バイク屋になる

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さて、メーカーでの実習期間を終え、
いよいよ実家のバイク屋に入る訳ですが。

この期間も色々な出来事が起きます。
まさしく、僕の人生は「波乱万丈」です。

元々、個人商店なので、
従業員さんは一人だったのですが、
僕と入れ替わりで退職されたので
僕のバイク屋修行は、父親と二人という状況
からのスタートです。
波乱の幕開けです…。やれやれ…。

最初から勉強する事が山積みです。

整備については、ある程度メーカーでの
実習期間に経験したいたのですが、
バイク屋の仕事は整備だけではなく、
接客販売や登録申請や保険など
多種にわたります。

それでも、バイクに携われる仕事なので
毎日新鮮で楽しかったです。
この頃は…。

■第3話 トッシー 結婚する

結婚

ベルリンの壁が崩壊し、

プリンセス・プリンセスの「Diamondes」が
ヒットし、
魔女の宅急便」が上映された。

1989年(平成元年)
トッシーは結婚しました。


第一部・第五章で書いている
手紙を渡した彼女とです。
そうです7年間の交際でのゴールインです。

結婚資金は
社会人になってから必死に貯めました。

その時は、僕の人生のピークだぁというくらいの
テンションだったと記憶しています。

それから30年以上その気持ちは続いています。
(恥ずかしい!!)

■第4話 トッシー 国家資格を取る

1993年(平成5年)に
業務拡張の為、
二級二輪自動車整備士を取得。

この資格は国家資格なのでん。
この僕が国家資格です。
お国が認めたということです。

この資格は大変難しかったです。
しかも、初代なんです。一期生です。
学生時代もこんなに勉強した事がない
くらいの勉強しました。

仕事をしながらでしたので
本当に大変でした。

これが今でも僕の唯一の自慢です。

バイク整備士(二輪自動車整備士)とは
バイク整備士は二輪自動車(オートバイ)を整備するスペシャリストです。正式名称は「二輪自動車整備士」であり、国家資格を取得した者のみがこの名前の職業に就くことができます。

資格を取得せず整備工場などで作業をする人は、整備工や工員などと呼んで区別します。オートバイや自動車の整備を行う指定工場または認証工場には、工員のうち一定数以上の整備士有資格者が必要です。なお、二輪自動車整備士は四輪の「自動車整備士」という国家資格の一種です。

バイク整備士の種類
二輪自動車整備士には1級から3級までありますが、1級二輪自動車整備士の試験は平成28年度現在まで実施されたことがないため、実際は2級と3級の有資格者のみが存在します。

3級二輪自動車整備士
3級二輪自動車整備士はオートバイや原動機付自転車のステアリングやブレーキなど、各部・装置の基本的な整備を行います。受験資格は条件によって様々ですが、たとえば大学、高等専門、高等学校、学校卒業者で自動車や機械等に関する課程を修めていない人の場合は1年以上の実務経験が必要です。
一方、高等学校の自動車科を修了している人の場合は、卒業と同時に受験資格が得られます。

2級二輪自動車整備士
2級二輪自動車整備士になれば、オートバイや原動機付自転車の整備全般を単独で行うことができます。受験資格は自動車、機械等に関する課程を修めていない人の場合はまず3級二輪自動車整備士に合格し、さらに3年以上の実務経験が必要となります。
大学または高等学校で、機械科や自動車科を卒業している人の場合は、3級二輪自動車整備士に合格した後、1年6カ月(大学卒)以上か、2年以上(高等学校卒)の実務経験が必要です。なお、自動車整備専門学校(2級整備士養成課程)を修了している人の場合は、卒業と同時に2級二輪自動車整備士の受験資格が得られます。

東京自動車大学校 https://www.taus.ac.jp/column/qualification/motorcycle.html

■第5話 トッシー バイク業界から引退

引退

18歳で社会人になり、
色々な経験をしながらバイク屋として
自分成りに精一杯頑張っていたのですが
34歳でバイク屋を廃業することにしたのです。

その理由をといいますと
20代は、がむしゃらに頑張りました。
一ヶ月の内、完全オフの日は二日ぐらいでした。
店の定休日でも、お客様とのツーリングや
イベント参加などがありました。

バイクが好きだったのでそれも楽しかったです。

30代になり、がむしゃらに頑張るだけでは
ダメになっていました。

今度は、経営者になるという課題が
僕にプレッシャーとなって、
重くのし掛かりました。

その時、初めて自分は経営者に不向きだと
悟りました。

自分は、こんなにもプレッシャーに弱いのか
と痛感しました。

失敗する前に辞める選択をしたのです。
それが34歳の時です。

その時の選択は、間違いでなかったと
今、50代になって確信しています。
あのまま続けていたら、今頃地獄です。

まず、妻に相談しました。
相談というより、決意表明です。
家族にとっては大問題にも関わらず、
妻は「好きにしい」と言ってくれました。
ありがたかったです。

その後、
父親とも話あいました。
すぐに納得するはずもなく、反対されました。
説得して何とか納得してもらい。
父親の年齢のこともあり、廃業することに
なりました。

廃業ですから、
お客さんに案内や同業者への依頼。
在庫車両などの売却など
いろんな残務処理がありました。

しかし、その時の僕には、一切迷いは
ありませんでした。

淡々と業務をこなしていたと記憶しています。

辞めるのが家業でしたので
辞める=バイク業界からの引退ということでした。

社会人になって16年間、バイク業界でしたから
寂しさがないといえば、嘘になりますが
後悔はありません。
と言うより、プレッシャーと悩みの毎日から
解放されると言う気持ちの方が優っていました。

新しい人生の始まりです。

お疲れさまでした。

最後まで読んで頂き
ありがとうございました。

幸せいっぱいの
トッシーでした。

トッシー物語 第二部 第二章 社会人編
デザイン屋時代へつづく

写真提供
写真ACさん
https://www.photo-ac.com/

イラスト提供
イラストACさん
https://www.ac-illust.com/

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