人生を振り返る自伝 トッシー物語 第二部 第二章

デザイン屋 トッシー物語
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トッシー物語 第二部 社会人編

トッシー物語の第二部 第二章です。

第一部は見て頂けましたか。

まだの方でご興味がありましたら

こちらからお読んで頂けると
嬉しいです。

トッシー物語 第一部 第一章 はこちら

それでは、宜しくお願いします。

第二章 デザイン屋時代

■第1話 トッシー デザイン屋になる

スタジオジブリ作品の「千と千尋の神隠し」が
大ヒットし、
浜崎あゆみ」が日本レコード大賞に輝き

日本の2大テーマパークの「TDS」と「USJ」が開園した

2001年 平成13年に34歳になった
トッシーはバイク業界から引退し、
社会人として第二の人生に転身しょうとしていました。

デザイナー

トッシーですが、次に何をやるかは決めていません。
家族にはホントいい迷惑です。

いろいろ考えた結論は、
デザインの仕事をしようということです。
バイク屋の時から、販促物やポスターやチラシのことなど
自分でやっていたので、これを専業にするのはどうだろう
というくらいのものでした。

どうしたらデザインの仕事に就けるか考えました。
デザインの仕事と言っても、特別勉強したわけでもなく、
未経験です。

デザイン事務所などに就職するのは敷居が高いので、
まずはアルバイトからやってみようという事で見つけたのが
看板用資材やPOP用資材を通信販売している会社です。

この会社での日々は、僕の人生を物語っているというか、
ほんと無茶苦茶です。

面接はとりあえず合格できたのですが、
翌日からが大変でした。

面接の時に先輩らしきデザイナーがいて、この人が
いろいろ教えてくれるのだと思っていました。

初出勤の日に出社すると
「そのデザイナーは昨日で辞めた」と言うのです。
「今日からあなたがデザイナーです」と言われました。

「なんじゃそりゃ」って感じです。

パソコンもWindowsは使っていましたが
Macは電源すら入れたことがなかったのに…。

幸い参考書的な本はありましたので、
それを見ながらデータを把握するところから
始めました。

もう滅茶苦茶でしょ。

嘆いていても仕方ないので、
その日から必死に勉強しました。

主な仕事は、商品カタログ作りです。
商品の写真を撮り、キャッチコピーを考え
商品説明を考え、やることは山のようにありました。

頑張った甲斐あって、一冊別冊的なカタログを
作れるようになりました。

そんな日々が1年弱続きました。
そうこうしていると、別の若い経験者のデザイナーが
入って来ました。
途端に僕の居場所は無くなり、雑用ばかりさせられる
様になりました。

僕が未経験だったので仕方はないのでしょうが
何か納得が行かず、退職しました。

なんとも切ないデザイナーデビューでした。

■第2話 トッシー 広告デザイナーになる

バイトを辞めたトッシーは、
デザインの勉強をしょうと
スクールに通い始めました。

専門学校ではなく、スクールだったので、
本当の基礎の基礎しか教えてもらえなかった
のですが、この時間に自力の勉強時間も
取れたので、次の就職先を探すことにしました。

デザイン

次に入った会社は、チラシやPOPなどを手がける
個人経営のデザイン事務所でした。

年齢も36歳になっていて、この年で
見習いデザイナーです。

デザイナーで36歳ぐらいですと
バリバリで事務所などから独立を考える
時期にです。


ほんと必死に業務をこなしながら
猛勉強です。
深夜遅くまで残業しながらです。

頑張ったおかげ、いろいろな物を
デザインさせてもらえる様になりました。

折込チラシやパンフレット、POPなど
いろいろ作りました。

そうこうしている時に、今やっていない
違うもののデザインをやってみたくなり
また、退職です。

もう病気ですよねぇ。
何かやりたくなると、もう止まれなくなります。
いつもの様に計画性はありません。

■第3話 トッシー キャリアアップを目指す

デザイナー2

次に入った会社は、店頭POPやカタログを扱う
デザイン事務所です。

ここに入るまでも、いろいろなところに
面接に行きました。
いつも、年齢を理由に不採用のオンパレードです。
そんな中、この会社の面接では、
やる気とハッタリで何とか採用されました。

店頭POPとは、家電量販店などで
ディスプレイ商品の横など置かれている
キャッチコピーや商品説明が書かれているものです。

前の会社では、小さなPOPなどは扱っていましたが
今回の会社は、等身大パネルや商品陳列台などの
大きなPOPを扱っていました。

まさに、未知のデザインです。
また、ひたすら勉強の日々です。

デザイン業界では、当たり前の様に
深夜までの残業や徹夜が頻繁にありました。

それに対する賃金は発生しません。
月給に含むです。
含んでも安いです。

まあ、僕は、デザイナーといっても
扱う商品が今までと違うので新人のような
ものでしたので、仕方なかったのですが、
今現在でしたらどうだったのでしょうか?

クリエイターなどのカタカナ職業は
大抵賃金は安くて、ハード勤務です。

そうこうしながら、月日は流れました。

仕事にも慣れて、毎日充実しかけていた
ある日、僕の人生よくある事件がまた
起きました。

クローズ

社長がみんなを集め言いました。
みんなといっても7人ですが。
来月いっぱいで会社が倒産する」と
言うのです。事件でしょ。

また、お決まりのハァです。

これからの日々、
次はどうしょうか、考えながらの
残務処理です。

理由は違えど、人生二度目の
残務処理です。

一度目については、こちらを参照
ください。

■第4話 トッシー デザイン業界から引退

会社を解雇されたトッシーですが、
落ち込んでいる暇はありません。

さあ、今度はどうしょうかと模索タイムです。

まずは、自分でやってみようということでした。
独立です。

この年齢のデザイナーの再就職は、
無いに等しいです。
デザイナーの44歳なんて、普通独立して
人を雇おうかと考える年齢だったのです。

しかし、大した実績のないデザイナーなんて
相手にもされませんでした。
少しは、ショックでしたが、仕方ありません。
これが現実です。

引退します

34歳でデザイナーに転身し、
色々な経験をしながらデザイナーとして
自分成りに精一杯頑張っていたのですが、
デザイナーでの独立も再就職も無理ということで
44歳でデザイン業界を引退することにしたのです。

また、家族に不安を与えてしまいました。

僕も妻も
転職が慣れっこになっていたせいか、
案外平気だったと記憶しています。
何とかなるさ です。
今までも何とかなってきたから大丈夫って感じです。

人生何とかなるものです。

雲外蒼天です。

つづく…



お疲れさまでした。

最後まで読んで頂き
ありがとうございました。

トッシーでした。

トッシー物語 第二部 第章 社会人編
工場の作業員時代へつづく

写真提供
写真ACさん
https://www.photo-ac.com/

イラスト提供
イラストACさん
https://www.ac-illust.com/

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